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連載「量子もつれ攻略ノート」 4/13

モノガミー不等式は次元を上げると破れる —— 量子もつれ攻略ノート(4)

本稿の位置づけ

第3稿で「結」と書いたが、続きができた。残った謎を整理していて、攻略に使った道具の一つであるモノガミー(相関の配分制)そのものに、足元の未解決問題が埋まっていると気づいたからである。第3稿で2,000例検証したCKW不等式は、実は量子ビット(2準位系)限定の定理であり、次元を上げると破れることが知られている。破れるならば、第3稿で「相関は資源である」と言った根拠も、配分の資源性を「解決」と等級づけた判定も揺らぐ。

そこで問いを立て直す。どの測り方(もつれ測度)なら、配分の不等式は次元によらず成り立つのか。これが本稿の的である。ここから先は、確立した理論の解説ではなく、未解決の問題に自分で手を出した記録になる。前シリーズの流儀で言えば、不等式の破れは失敗ではなく、正しい測度を教えてくれる測定器だ。


1. 前提の復習と、問題の正確な形

第3稿のCKW不等式 [Coffman–Kundu–Wootters 2000; n量子ビットへの拡張は Osborne–Verstraete 2006]:

測度はタングル (concurrenceの二乗)。量子ビットでは定理であり、第3稿でランダム2,000例が全て通ることを確認した。粒子が3準位(qutrit)以上になっても、この不等式は成り立つのか。

2. 破れの再現:完全反対称状態

2.1 対象の状態

Ou(2007)が指摘した反例を、当ノートの環境(素のPython。3つのqutritなので状態空間は27次元)で完全再現する。対象は3つのqutritの完全反対称状態

は添字の並べ替えで符号が変わるテンソル。3粒子版の「シングレット」にあたり、どの2粒子を入れ替えても符号が反転するだけで形は変わらない。粒子の対等さという点では、これ以上ない状態である。)

2.2 検証1:部分空間の異常な均質性

まず の計算に必要な事実を検証する。この状態の2粒子縮約 は、2-qutrit空間(9次元)の中の反対称部分空間(3次元)に台をもつ。この部分空間からランダムに3,000個の純状態を引いて を計算した:

全点で厳密に1、小数点以下10桁までばらつきがない。これは偶然ではなく幾何学の帰結である。3次元空間の反対称2形式はすべて の形に分解できる(外積代数の初等事実)ので、この部分空間にある状態はどれも、「2次元分だけ最大にもつれた状態」を基底を取り替えて書き直したものにすぎない。

この均質性のおかげで、混合状態のconcurrence(凸屋根=あらゆる分解の平均の最小値)が挟み撃ちで厳密に確定する。台にある純状態のconcurrenceがどれも1なのだから、どう分解しても平均は1以上になり、基底での分解が1を達成する。ゆえに

2.3 検証2:不等式の破れ

の直接計算)。一方 (検証1)なので:

qubitの定理はqutritで反例をもつ。 配分の言葉で言えば、Aが配れる総量は4/3しかないのに、BとCへ1ずつ、合計2が配られている。タングルという測度は、高次元では同じ相関を二重に数えてしまう。

2.4 なぜ破れるのか

破れの源は検証1の均質性そのものである。qubitでは「BともCとも同時に強くもつれる」ことを状態空間の狭さが禁じるが、qutritの反対称状態は、同じ相関の自由度をBとCで共有できる。3粒子が完全に対等な構造のため、AB間の相関とAC間の相関が「同じ1枚の記録を、二つの窓から見たもの」になっているのである。タングルはこの共有を検出できず、窓ごとに最大値を数え上げてしまう。

3. 配分の上限をどう数えるか:どの測度なら不等式が成り立つか

3.1 負性(negativity)で測り直す

同じOu状態を、計算可能な別の測度、負性 (部分転置の負固有値の合計。凸屋根不要で直接計算できる)で測り直した:

の部分転置の固有値(数値で6桁一致)
vs  成立

タングルで破れた状態が、負性では余裕で不等式を満たす。負性はAB窓とAC窓の「共有」を正しく割り引いている( ではなく と評価)。

3.2 統計的な検証

ランダムな3-qutrit純状態1,200例で の最大値を調べた:

3量子ビットでは、負性二乗のモノガミーが定理として知られている [Ou–Fan 2007]。混合状態まで含めた3量子ビットについては、凸屋根拡張負性(CREN, convex-roof extended negativity)という別の測度でモノガミーが示されている [Kim–Das–Sanders 2009]。CRENは混合状態で と一致しないので、素の負性 での混合3量子ビット版は、これらのどちらでも埋まらない(第6稿5節でこの区画が空白であることを確認する)。上の1,200例では、qutritでも破れは見つからなかった。

【訂正・新規性の確認】 本稿の初版はこの数値結果を「予想M3」として新規に提示したが、公開後の文献調査により、多準位系での負性系モノガミーはすでに活発に研究されている領域だと判明した。凸屋根拡張負性(CREN)の一般化モノガミー関係 [Sci. Rep. 6 (2016) 36700]、負性の多項式モノガミー関係 [arXiv:1502.04807] 等がある。したがって当ノートの1,200例は既知領域の独立な数値再確認に格下げする。研究ノートの規律として、新規性の主張は事前の文献調査なしに行ってはならない。この教訓自体を記録に残す。

3.3 測度選びの構造:忠実さとモノガミーは両立しない

「では万能の測度を探せばよい」と思いたくなるが、そこに構造的な制約があることが知られている。Lancienら(2016)の定理 [Lancien et al. 2016]:すべてのもつれ状態に非零の値をつける(忠実な)加法的測度は、全次元で普遍的なCKW型モノガミーを満たせない。しかも証明の主役は、本稿の反対称状態の族である。

つまりこの問いの答えは「良い測度を見つける」ではなく「トレードオフの中で何を諦めるか選ぶ」になる:

  • タングル:qubitでは完璧。高次元で不等式が破れる(本稿)。
  • 負性:計算可能。純3量子ビットでは定理が知られ(混合3量子ビットは素の負性では空白のまま。第6稿5節)、qutritでは予想M3の段階にとどまる(本稿1,200例の位置づけは3.2節の訂正のとおり)。ただし束縛もつれ(部分転置が正のまま残るPPTもつれ)を検出できない=忠実でない。Lancienの定理と整合する「諦め」を最初から引き受けている測度である。
  • スカッシュもつれ:全次元でモノガミー成立が定理 [Koashi–Winter 2004; Christandl–Winter 2004]。ただし計算がほぼ不可能(一つの値を求めるのも未解決級)。

深さの言葉でまとめる。深さ2の相関に「配分制」があること自体は正しい物理である。ではその配分をどう測るか。定理として確定しているのは、忠実さと加法性の両方を満たす測度は全次元での普遍的なCKW型モノガミーを満たせない、という二者択一までである(Lancien et al. 2016)。計算可能性はこの定理の主張には入っていない。

その上で本稿に並べた三つを見ると、普遍性(全次元でのモノガミー)・忠実さ・計算可能性が揃ったものは一つもなく、どれを諦めるかが違うだけになっている。ただしこれは定理ではなく3例からの観察であり、三つ目の同時成立が原理的に排除されているかどうかは、本稿の材料では言えない。いずれにせよ第3稿の「相関は資源」という結論は、どの測度で測るかを明示する限りで生き残る。

4. 本稿の結果一覧

結果等級
反対称部分空間の全純状態で (3,000点・10桁定数)検証済み+幾何学的証明
の凸屋根の厳密確定(挟み撃ち)証明
Ou反例の再現:、破れ幅 検証済み(Ou 2007の再現)
負性はOu状態で不等式成立(検証済み
qutrit負性二乗モノガミー・1,200例反例なし既知領域の独立再確認(訂正済み・3.2節)
忠実さ+加法性 × 普遍モノガミーの非両立既知の定理の引用(Lancien et al. 2016)
普遍性・忠実さ・計算可能性が揃った測度は本稿の3例にない3例からの観察(定理ではない・3.3節)

参考文献

  • Y.-C. Ou, Violation of monogamy inequality for higher-dimensional objects, Phys. Rev. A 75 (2007) 034305:本稿の反例の原典。
  • V. Coffman, J. Kundu, W. K. Wootters, Phys. Rev. A 61 (2000) 052306;T. J. Osborne, F. Verstraete, Phys. Rev. Lett. 96 (2006) 220503:CKWとそのn-qubit拡張。
  • Y.-C. Ou, H. Fan, Monogamy inequality in terms of negativity for three-qubit states, Phys. Rev. A 75 (2007) 062308:3量子ビットでの負性二乗モノガミーの定理。
  • J. S. Kim, A. Das, B. C. Sanders, Entanglement monogamy of multipartite higher-dimensional quantum systems using convex-roof extended negativity, Phys. Rev. A 79 (2009) 012329:素の負性ではなくCREN(凸屋根拡張負性)でのモノガミー。
  • M. Koashi, A. Winter, Phys. Rev. A 69 (2004) 022309;M. Christandl, A. Winter, J. Math. Phys. 45 (2004) 829:スカッシュもつれのモノガミー。
  • C. Lancien, S. Di Martino, M. Huber, M. Piani, G. Adesso, A. Winter, Should entanglement measures be monogamous or faithful?, Phys. Rev. Lett. 117 (2016) 060501:忠実さとモノガミーの非両立定理。
  • G. Vidal, R. F. Werner, Phys. Rev. A 65 (2002) 032314:負性の定義と性質。
  • 多準位系の負性系モノガミー(訂正で参照):Generalised monogamy relation of convex-roof extended negativity in multi-level systems, Sci. Rep. 6 (2016) 36700;Polynomial monogamy relations for entanglement negativity, arXiv:1502.04807。