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連載「量子もつれ攻略ノート」 9/13

整列はもつれによって制限される —— 量子もつれ攻略ノート(9)

本稿の位置づけ

第8稿でM3'は補題L‡に帰着し、その証明には正値性 が本質だと確定した。本稿は正値性を実際に注入する二つの道具を作る。一つは整列の制限則(補題A):二つのスライスが整列するためには固有ベクトルがもつれを手放さねばならない、という定量法則。もう一つは双対証明書:正値性の使い方を「ある行列分解の存在」という一つの判定問題に変換する枠組み。両方とも証明つきで、数値でタイトネスまで確認した。


1. 補題A:整列を制限する法則(証明済み)

第7稿の定理2は、破れの可能性を「二つのスライス の主角度の余弦 が大きい領域」に閉じ込めた( それぞれの2量子ビット縮約の負固有ベクトルで、第7稿・第8稿と同じ記号である)。では はどこまで大きくなれるのか。答えは固有ベクトルのもつれが決める。

補題A(整列による制限)  を負固有ベクトル の最大Schmidt係数とすると

証明 (単位ベクトル )。成分で書くと の形( 行列表示)。コーシー・シュワルツで

数値検証:ランダム297例で の略記)、敵対的207例で 。成立するだけでなくほぼ等号が達成されており、これが正しい上限であることも同時に確認できた。

読み: なので、もつれ (第7稿の橋の補題と同じconcurrence)が大きいほど は小さい(最小 )。二つのスライスが揃うには固有ベクトルがもつれを手放す必要があり、もつれを手放すと橋の補題(第7稿)が負性そのものを削る。これが、第8稿で観察した「角の自壊」の定量的な正体である。

2. 定理3:外の角度を内在量に置換(証明済み)

補題Aを定理2に代入すると、状態の8次元幾何を測らなくても、固有ベクトル2本のSchmidt係数だけで比率が抑えられる:

定理3 

  がともに最大もつれ(、負性が最も濃い状況)ならば

上界の現況を並べる。無条件の上界は (第7稿・√2定理)、それが最大もつれの場合には まで圧縮された。目標の までは残り である。残りは が大きい(もつれが薄い)領域で、そこでは橋の補題が の絶対値を削るが、比率 を削る形にはまだ書けていない。これが次の課題である。

3. 双対証明書:正値性を1個の判定問題に変換(枠組み証明済み)

正値性の使い道を系統化する。 は「すべての で成り立つ」ことと同値である。これを使うと:

証明書の枠組み )に対し、分解 が存在すれば、その状態でM3'は成立する。より一般に、任意のエルミート なら

証明 

つまりM3'の証明は「証明書 の存在」という半正定値計画(SDP)の実行可能性1問に置き換わった。しかも証明書の設計指針も見えている: のスペクトルの「1を超える溢れ(overflow)」は整列した方向に集中しており、補題Aによりその方向は積状態に近く、積状態の は正値である。溢れをそのまま に流し込めばよい。

数値構成:表の「族F」は第6稿の探索領域8で使ったBell対混合の族( はその混合比)である。overflow初期化+山登り(600歩)で証明書を探索した:

状態違反(0で証明書完成)
敵対的な族F (本稿で試した中では最も手強い・比率0.99級)
族F
ランダム(4例)

素朴な初期値からの探索(第一次:違反0.10〜0.12)に比べ、overflow初期化で10〜40倍改善した。純Pythonの山登りはSDPソルバの代用としては非力であり、この減少傾向は「証明書は常に存在する(=M3'成立)が、探索器が弱い」ことを示唆する。ここは正直に「示唆」止まりである。

4. 結果の一覧

項目状態
補題A:証明済み(2行)+504例・ほぼ等号達成
定理3:、最大もつれで 証明済み
証明書の枠組み(SDP実行可能性 ⟹ M3')証明済み
証明書の数値構成族F で違反 、傾向は実行可能性を示唆
M3'本体未証明。上界の圧縮: 証明書1点

残る課題は二つ:(i) 証明書 の明示構成(overflow+積構造の整合を解析的に完成させる)、(ii) の直接圧縮(もつれが薄い領域で比率 を削る相対版の橋の補題)。どちらも「あと一つの不等式」であり、問題は3日前の8次元の海から、指させる岩礁二つにまで狭まった。

参考文献

  • 第6〜8稿(本シリーズ):予想M3'・√2定理・定理2・還元定理・正値性の本質性。
  • A. Sanpera, R. Tarrach, G. Vidal, Phys. Rev. A 58 (1998) 826。
  • C. Jordan (1875):2部分空間の主角度。
  • L. Vandenberghe, S. Boyd, Semidefinite Programming, SIAM Review 38 (1996) 49:SDP双対性の一般論。
  • 検証コード:補題A検査504例・定理3・証明書探索(overflow初期化)。素のPython、乱数種つき。